耳鼻科開業医の趣味と実務と日常


by a-jibika

医者と患者さんとのパートナーシップ

患者さんがこちらの指示を守ってくれなくて、正直ムッとしてしまうことがあります。例えば薬の服用の仕方を自分勝手にアレンジしてしまう、生活上の注意を守らない、自己判断で治療を中断するなどなど。

そういう時につい患者さんを叱ってしまうこともあるのですが、それってどうよっていう話。まず、患者さんがこちらの思惑通りに行動してくれないと、なぜムッとしてしまうのか、ということについて考えて見ました。約束を破られたことによって病状が悪化したことが口惜しいのでしょうか。

告白すれば病状が悪化したことよりも、自分の指示に従わなかったことでムッとしていることがないとは言えないのです。しかもさらに言えば、このムッとする感情ですが、それは患者さんに責任があるのではなくて自分の側に責任があると最近気付きました。

人が感情を爆発させるのは、それを抑えきれなくなるからではなくて、そうすることによって相手にプレッシャーをかけて自分に従わせようとするから。言い換えれば「感情の爆発を道具として使っている。」という説があります。

理性が失われて感情が爆発するのではなく、ある目的を達成する手段として自分で感情を爆発させるということ。この考え方によれば、患者さんが医者の指示を無視したことが医者がムッとした「原因」ではなく、患者さんを自分の指示に従わせる『目的」で医者がムッとしたということになります。

さて、医者が自主的にムッとしたのであっても、それは患者のためを思ってこそであり、必ずしも非難されるべきことではないという意見もあります。私は、これも実は違うと思っているのです。これだと医者が治療法決定の主であり、患者さんは従となってしまいます。

かつては治療方針は専門家である医師が決定して、患者さんはそれに従うしかないと考えられていました。しかし医学的に見て最良の方法が、それぞれ一人一人の患者さんみんなにとって最良とは限りません。

ちなみにこの場合の「最良」という言葉は、最も長く生きられるとか、最も効果的という意味ではなくて、最も患者さんの幸せに貢献できるという意味です。一体何がちがうのか?極端な話、例え寿命が縮もうが医学的最良に従わない方が幸せということもあるんじゃないかと思います。

例えば忌野清志郎さんですが、喉頭癌でしたが完治(命を救うという意味で)の望める手術(喉頭全摘)あえてを避けて、放射線療法と抗がん剤による治療を選んだとのことです。医学的見地から見た最良は、おそらく救命の可能性の最も高かった手術であったはずです。

にもかかわらず手術を選択しなかったのは、喉頭全摘では声が失われるからでしょう。歌手にとって声が失われるというのは、命が失われるのと同義だったと想像します。手術すれば生きられるであろう10年、20年よりも、歌える1〜2年を選んだのではないでしょうか。

医者と患者の関係というのは、どちらかが主で他方が従というものではありません。パートナー、仲間であると考えます。例えばいくら優秀な医者でも患者さんが病状を話してくれなければ正しい診断も下せません。治療だって患者さんの協力なしではあり得ないでしょう。

医学的最良は医者が一番よく知っています。しかし、患者さんにとっての最良は患者さん本人の方が知っているでしょう。治療方決定に医者が果たすべき役割は、医学的最良が何かであるか伝えること。ただしそれが本人にとっての最良と一致しない場合には、他の方針を一緒に探っていくことなのではないでしょうか。
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by a-jibika | 2010-05-16 21:10 | 診療あれこれ